育てびと VOL.1 |熊本| 「願い続けるチカラ」「伝え続けるチカラ」 柴田 美優さん・母 直美さん

VOL.1 |熊本|

「願い続けるチカラ」「伝え続けるチカラ」

柴田 美優さん・母 直美さん

緑豊かで落ち着いた佇まいの大学構内、インタビューをお約束した校舎に入ると、優しい笑顔で「こんにちは!遠くからすみません」と出迎えてくださった。

柴田直美さん、柴田美優さんのお母さんだった。

案内されたのは、2階の一室。日当たりのよい明るい部屋にミーテイング用テーブル。部屋のコーナーには畳のスペースが。そこに美優さんが横たわっていた。

傍らには、指文字通訳を務めている大学院生 福島恵里さんも待っていてくれた。

ここが、九州ルーテル学院大学 人文学部 心理臨床学科3年、柴田美優さんの学びの場だ。

校舎の間に大きく子葉を伸ばす木々が印象的な学院内

熊本大会会員研修の講演「夢のたからばこ」の講師を務める、柴田美優さんとお母さんの直美さんをホームページで事前に紹介するため取材をお願いした。

調整時、取材場所を現在の美優さんの生活の中心である九州ルーテル学院大学で行うことをお母さんが提案してくださって実現したインタビューだ。

松橋支援学校で描いた夢

美優さんに会う前に、取材をすませた松橋支援学校の校長室に、美優さんの書いた詩「夢のたからばこ」が貼ってあった。

何日もかけて、松橋支援学校の先生に伝えた気持ち

力強い詩だと感じた。

美優さんのことを話すとき、甲斐校長先生も高木副校長先生にも熱が入る。

小学部から10年以上に渡る美優さん自身のこと。そして、美優さんを今に導いた、教員や外部研究者等、たくさんの人々のこと。

確かにそれは、重度の肢体不自由で、言語障害も重い一人の少女のことが語られているのだけど、そこに悲壮感はみじんも感じられない。

夢の一つを実現した生徒へのあふれる愛情と共に、人として尊敬さえ感じておられた。

先生方にとっても、美優さんは夢の実現でもあるのかもしれない。

充実したキャンパスライフ

大学3年生の美優さんは、既に81単位を修得している。

指文字通訳・ノートティカー・可動式畳で授業を受けるための専用いすなど、美優さんが授業を受けるために大学が検討し対応していることはあるものの、単位取得については一切、免除されるものはない。論文課題の提出も試験も他の学生と同じだ。

美優さんに聴いたところ、授業に興味関心は尽きないけれど、悩みの種は「統計学」だとか。

同級生の田中さんは、美優さんのことを「いつもポジティブ」と言う。インタビュー中、九州ルーテル学院大学学生支援センター障がい学生サポートルームの坂口さんらも次々と来てくださったが、ポジティブなのは、どうやら、お母さんの直美さんも同様のようだ。

インタビュー中、美優さんを膝に抱き、絶えず美優さんの言葉を指文字で読み取り、私たちに伝えてくれるお母さんも、常に笑顔。大学院生の福島さんとも同級生の田中さんともすっかり仲良し。授業を一緒にうけることもある直美さんも、いつの間にか勉強していたりするらしい。

松橋支援学校で描いた夢

美優さんの夢は、まだ、一歩にすぎないようだ。

卒業後、社会人としてどのように生きていくのか。

無事単位取得して大学卒業を目指すとともに美優さんの夢の実現はまだまだ続いている。

私たちが美優さんに会って確信したことがある。

美優さんが持つ、大きなチカラ

それは、「願い続けるチカラ」そして「伝え続けるチカラ」

九州ルーテル学院大学のインタビュールームには、美優さんのチカラに共感し応援する人の笑顔にあふれていた。

美優さんや直美さんは、どうして「ポジティブ」なのか。

そして、夢の実現のために、何が必要なのか・・・。

これは、きっと、熊本大会講演でも美優さんや直美さんから語られることだろう。

かすかな人差し指の動きを読み取る

しばた みゆ

1994年12月 熊本市生まれ。生後4か月で発症したウイルス性脳炎の影響で、四肢麻痺や言語障がいなどの後遺症が残る。松橋支援学校を経て、2013年4月、九州ルーテル学院大学に入学。同市で両親・妹と4人暮らし。